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松江地方裁判所 昭和26年(ワ)98号 判決 1952年6月06日

原告 横木富義

外二名

被告 出雲鉄道株式会社

主文

被告は、原告横木富義を給料月額七千三百三十五円で、原告錦織恵四郎を給料月額七千三百五十二円で、原告和田末義を給料月額六千二百六十三円で、それぞれ雇傭し、且つ、昭和二十六年六月十一日から右雇傭の成立に至るまで、原告横木富義に対し一カ月金七千三百三十五円、原告錦織恵四郎に対し一カ月金七千三百五十二円、原告和田末義に対し一カ月金六千二百六十三円の各割合による金員の支払をせよ。

原告等のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は原告等勝訴の部分のうち金員支払の部分に限り仮りに執行することができる。

事実

原告等訴訟代理人は、「被告は、原告横木富義を給料月額七千九百五十一円で、原告錦織恵四郎を給料月額七千九百六十八円で、原告和田末義を給料月額六千八百七十九円で、それぞれ雇傭し、且つ、昭和二十六年六月一日から右雇傭の成立に至るまで原告横木富義に対しては一カ月金七千九百五十一円、原告錦織恵四郎に対しては一カ月金七千九百六十八円、原告和田末義に対しては一カ月金六千八百七十九円の各割合による金員の支払をせよ、訴訟費用は被告の負担とする」との判決並びに右金員支払の点について仮執行の宣言を求める旨申立て、その請求の原因として次のように陳述した。

被告は、軌道及び自動車による運輸事業を営む株式会社であり、原告等は、いずれもかつて被告会社の従業員であり、且つ、被告会社の従業員を以て組織する出雲鉄道労働組合(以下単に労組と称する)の組合員で、原告横木富義は右労組の執行委員長、原告錦織恵四郎は書記長、原告和田末義は副執行委員長をしていたものである。昭和二十五年六月労組と被告会社との間で退職金規程の改訂に関して労働争議が発生し、労組は同年七月二十八日島根県地方労働委員会(以下単に地労委と称する)に調停を申請したが、争議は悪化の一路をたどり、労組はついに同年九月十八日第一次の二十四時間ストを決行した。これに対し被告会社では第二組合の育成に努めると共に同年十月二十五日原告等三名を懲戒解雇したので、労組では、同月三十日地労委に対し右の解雇について不当労働行為を理由として救済の申立をし、同月三十一日更に第二次の二十四時間ストを行つたが、結局、同年十二月一日島根県簸川郡朝山村村長佐藤鶴之助、同村会議長雲藤空善、島根県地方労働委員安田登の斡旋によつて、労組と被告会社との間に、被告会社は原告等三名の退職後六カ月を経過したとき特別の事情のない限り再採用すること等を内容とする別紙第一記載の通りの仮協定が成立して同じ趣旨の仮協定書が作成され、なお、その際、安田委員から右当事者双方に対して前示仮協定の細目並びに解釈について口頭で別紙第二記載の通り補足説明があり、双方共これを了承したのであつて、再採用の場合の給料についてはその際における相当な額とする暗黙の合意があつたものであるから、これによつて、右当事者間において、被告会社は、原告等三名が改めて依願解雇の形式で退職した同日以後六カ月を経過したとき特別の事情のない限り相当な額の給料で原告等三名を再採用すべく、且つ、被告会社において原告等を再採用できない特別の事情が発生したと考えたときは地労委に相談してその承認を受ける旨の合意が成立したのである。

ところで、右の合意が成立するについては、次のような経緯がある。すなわち、当初には、原告等三名は退職後六カ月を経過したときは当然復職する案であつたところ、被告会社側で異議を唱えたので「再採用」ということにし、また、被告会社側から原告等三名が退職後共産党に同調した行動をとつたり、或は被告会社の社員であると称して組合を指導して、被告会社の秩序を乱すような行動があれば再採用することはできないという意見が出たので、労組側では「特別の事情」を右の二点に限定することを条件として被告の申出を了承したのであるが、更に、労組側から被告会社が一方的にこれを解釈したり認定したりしてはならないという意見が出たので、これについては地労委の判断を求める趣旨で地労委に「相談」するものとしたのである。従つて、右にいわゆる特別の事情とは、前記二点に限定され、且つ、地労委の承認を経ることを要するものであつて、被告が一方的に認定することは許されないところである。

被告会社の上原専務取締役は、昭和二十六年四月二十六日安田委員に対し原告等三名について右の特別の事情の存しないことを言明しており、また、被告会社は、前示合意において定めた期間を経過した同年六月一日までの間に地労委に対し右の特別の事情についての相談をしていないから、右期間中に原告等三名の再採用を妨げる如き特別の事情は何等存在しなかつたことは明らかである。

原告等三名は、昭和二十六年六月十一日被告会社に対し再採用の申出をなしたから、被告は前示仮協定に基き原告等を再採用する義務がある。

また、原告等の退職当時の六カ月間である昭和二十五年五月から同年十月までの給料平均月額は、原告横木富義は金六千九百三十五円、原告錦織恵四郎は金六千九百五十二円、原告和田末義は金五千八百六十三円であるが、被告会社では昭和二十六年四月一日その従業員に対して平均千十六円の昇給を行つたから、原告等の昭和二十六年六月一日以降の推定給料月額は、原告横木富義が金七千九百五十一円、原告錦織恵四郎が金七千九百六十八円、原告和田末義が金六千八百七十九円を下らないものとみられるので、若し原告等が再採用になるとすれば、少くとも右の推定額の限度でその給料月額を定めるのが相当である。従つて、被告は、原告等三名を前記推定額に相当する各給料月額で雇傭する義務があるといわねばならないのにかかわらず、被告は、その義務を怠り、原告等に右金額に相当する損害を被らしている。

そこで、原告等三名は、それぞれ被告会社に対して右の義務の履行及び原告等が退職後六カ月を経過した昭和二十六年六月一日から右履行のあるまで各給料月額に相当する損害金の支払を求めるため本訴請求に及んだのである。

次に、原告等訴訟代理人は被告の主張に対し次の通り述べた。

被告の主張事実のうち、その主張の日時場所で労組の組合員等が被告主張のようにして被告会社の運転するガソリン動車の進行を阻止したこと、被告主張の日時出雲鉄道従業員組合(以下単に従組と称する)が結成されたこと、従組と労組の各組合員数が被告主張の通りであること、被告主張の日時頃原告錦織恵四郎、同和田末義が被告会社の他の従業員から社員証を借り受けて不正乗車をしたことは認める、被告主張の日時従組が原告等三名の再採用に対する反対決議を行つたことは知らない、その余の点はすべて否認する。

(一)  争議中の行為については、仮協定によつて被告は労組の組合員の責任を問わないことになつており、すでに解決済のことである。仮りにそうでないとしても、被告会社が運転したガソリン動車はストダイヤに載せてないものであり、従つて、その運転は運転取扱心得に違反した違法のものであつて、原告等としてはむしろこれを阻止する義務を有するから、右のガソリン動車を阻止したことは正当である。

(二)  被告会社は、その従業員に対して策動して第二組合たる従組を結成させ、常にこれを支持している一方、第一組合たる労組に対しては絶えず圧迫を加えて来ているものである。そして、従組の拡大は、被告会社の従業員の自覚の低さと、被告の労組に対する圧迫の激しさを物語るものに外ならない。

(三)  被告主張の従組の要求書(乙第一号証)は、その書面の趣旨、当時の諸情勢、右の書面に対し被告会社において何等の回答もしていないのに拘らず、従組がこれを放任していた点などからみて、単に本件仮協定の締結に際して従組を参加させなかつたことに対する不満の意を表明したものに過ぎず、労使、仲介者が多大の努力を払つて成立した本件仮協定を破棄して原告等の再採用を拒否することまでを被告に要求しているものではない。それどころか、従組は、昭和二十年十二月から翌年五月まで本件仮協定について何等異議を唱えなかつたのであるから、これを承認していたものといわねばならない。しかるに、従組が昭和二十六年五月十二日に至つて争議中の行為について原告等の責任を追及してその再採用の拒否を要求することは事理に合わない話であり、真に被告に本件仮協定履行の誠意があるならば、従組の幹部にこの理を説いて了解を得ることができたであろう。ところが、被告は、そういうことはしないで、同年八月中旬たまたま従組から提出された質問書(乙第二号証)を利用して従組の反対を原告等の再採用拒否の理由としたものであつて、被告は、本件仮協定に違反し、また、信義則にも違反するものである。

(四)  原告錦織恵四郎は川合安夫から、原告和田末義は青木勉、川合安夫から各一回社員証を借用したに過ぎない。しかも、現に貸与者は何等の処分を受けておらず、従来ともこの種の違反は軽い処分ですんでいることからみれば、原告錦織、同和田の右の行為は再採用拒否の理由とはなり得ないものである。ことに、被告は、昭和二十六年八月原告等を再採用しないことに決定してからその口実を発見するために、右の如き違反行為を調べ出したものであつて、右の事実がいわゆる特別事情に当らないことは明白である。

(五)  要するに、被告の抗弁は、被告会社が原告等を再採用したくないためにする単なる言訳に過ぎない。仮りにそうでないとしても、被告会社が一方的に特別の事情について拡張解釈をし、その事実を認定したのは本件仮協定違反であつて、いずれにせよ理由がない。

被告訴訟代理人は、「原告等の請求を棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする」との判決を求める旨申立て答弁及び抗弁として次の通り陳述した。

原告等主張事実のうち、被告が原告等主張のような会社であること、原告等がもと被告会社の従業員であり、且つ、その主張の通り労組の役員であつたこと、原告等主張の各日時、その主張のように労働争議が発生し、労組が地労委に調停を申請し、前後二回の二十四時間ストを行つたこと、原告主張の各日時被告が原告等を懲戒解雇し、労組が地労委に対し右解雇について不当労働行為の申立をしたこと、原告等主張の日時その主張の通り仮協定が成立して仮協定書が作成され、原告等三名が改めて退職したこと、被告が原告等主張の日時までの間に地労委に対し原告等主張のような相談を求めなかつたこと、原告等がその主張の日時被告に対し再採用の申出をなしたこと、原告等のその主張の期間における給料平均月額がその主張の通りであること、被告が原告等主張の日時その従業員に対し原告等主張の通りの平均額の昇給を行つたことは認めるが、その余の点はすべて否認する。

(一)  被告会社が原告等を懲戒解雇したのは、当時労組の三役であつた原告等がその主張の労働争議に際して赤色系戦術によつて労組を指導し著しく破壊的な争議行為をしたことによるものである。すなわち、昭和二十五年九月十四日のストにおいて、同日午前六時二十分被告会社が企業の公共性に鑑み予め編成公表したストダイヤによつて運転しようとしたガソリン動車が朝山駅構内に差しかかつたところ、労組の組合員や被告会社の従業員でない外部からの応援者の多数が集合し、附近レール上には四、五名が横臥し、車輛の前方には二十名位が立ちふさがり赤旗などを振つてその進行を阻止したので、今市方面に引き返そうとしたところ、こんどは今市駅寄りのポイントを切替えてその進行を阻止したため、そのまま立往生のやむなきに至つた。なお、須佐駅寄りのポイントは、前夜半に切替えた上鎖錠を施していた。かような公共の危険に関する加害行為は正当な争議行為の範囲を逸脱したところのものであつて、被告会社としても到底容認し得ないものである。

(二)  従組は、昭和二十五年八月二十五日原告等の赤色指導方針をいさぎよしとしない被告会社自動車部従業員等が労組を脱退して同年十月二十六日これを結成したものである。被告会社の従業員はその後次第に労組を脱退して従組に加入するに至つたので、その組合員数は次に示す通り労組の組合員数と比較して圧倒的な多数となつた。

(従組) (労組)

昭和二十五年十月 四十八名 三十五名

同年十二月    五十七名 二十五名

昭和二十六年八月 六十六名 二十名

同年十月     六十八名 十九名

(三)  本件仮協定において、被告は原告等の争議中の行為に対し責任を問わないこととしたが、それは、安田委員の懸命の努力に敬意を表して、原告等の行為を特免したものであつて、原告等の前示加害行為を正当視したものではない。

(四)  安田委員の口頭補足説明は、単に同委員の希望の開陳に過ぎず、本件仮協定の内容をなすものではない。従つて、被告は、原告等を再採用できない特別事情があると考えた場合にも、地労委に相談しなければならぬ義務を負うものではない。

(五)  被告会社がその従業員に対してなした平均昇給額千十六円のうち四百円は均等昇給額であるが、その余の六百十六円は各人の技術勤務振りによつて差等のある調整昇給平均額であるから、原告等の昭和二十六年六月以降の推定給料月額に右千十六円全額を加算することは不当である。

(六)  被告が原告等を再採用しないのは、次のような特別の事情が存在するためであつて、被告は本件仮協定に何等違反するものではない。

(イ)  被告会社の従業員の大部分を包含する従組は、原告等の再採用に反対の意向を表明した。すなわち、従組は、昭和二十五年十二月五日被告会社に対して要求書(乙第一号証)を以て前記争議の微温的解決に対する不満の意思を示し、被告会社がかような微温的解決に同意したのは前記のような加害行為を以て合法的な争議行為とみる趣旨かどうかの質問をした。これに対して被告会社はその回答を留保したが、右質問書は、その趣旨において原告等三名の再採用に反対の意向を表明したものであることは勿論である。その後も、従組は、翌年六月までの間しばしば委員会において原告等の再採用反対の趣旨の決議をなし、その都度、被告会社に対しその旨の申入をしているが、とくに昭和二十六年五月十二日の委員会においては明白な決議をしている。更に、同年八月十八日被告会社に対し質問書(乙第二号証)を以てあくまで原告等の責任を追究すべきことを指摘し、その趣旨において原告等の再採用に絶対反対の旨を申入れて来た。なお、同月二十九日の委員会、同年九月一日の委員会並びに定期大会においても同様の決議をしているのである。これほどまで強い従組の反対を押し切つて原告等を再採用することは、大多数の従業員の意向を無視することであり、それでは被告会社内部の平和の将来に底知れぬ不安を残すことになるのみならず、企業の秩序維持が困難となるものであつて、この従組の反対は被告会社が原告等を再採用するについて致命的な障害となる。従つて、それはいわゆる特別事情の顕著なものであるといわねばならぬ。

(ロ)  争議解決後原告等の次のような怠慢、不正の事情が判明した。すなわち、原告横木富義は、原職が駅長であり、駅長は一番列車到着三十分前に出勤しなければならないのに拘らず、情婦の許に泊りに行つてその一番列車に乗つて出勤することがしばしばあり、また、勤務時間中勝手に鮎釣りに行つて職場を離れることが多かつた。原告錦織恵四郎及び原告和田末義は被告会社の他の従業員の社員証を借り受けて不正乗車をしたことがしばしばある。かような怠慢、不正は、鉄道職員又は鉄道職員であつた者としては最も悪質なものであり、企業維持の立場から相当嚴罰に処すべき行為である。そうした行為をなす原告等には鉄道職員としての適格性がないのである。

従つて、被告会社には、原告等の再採用の申出に応ずべき義務はないから、原告等の本訴請求は失当である。

(立証省略)

理由

被告が軌道及び自動車による運輸事業を営む株式会社であること、原告等がいずれもかつて被告会社の従業員であり、且つ、被告会社の従業員を以て組織する労組の組合員で、原告横木富義は執行委員長、原告錦織恵四郎は書記長、原告和田末義は副執行委員長をしていたこと、昭和二十五年六月労組と被告会社との間で退職金規程の改訂に関して労働争議が発生したこと、労組が同年七月二十八日地労委に調停を申請し、次いで、同年九月十八日第一次の二十四時間ストを行つたこと、被告会社が同年十月二十五日原告等三名を懲戒解雇したので、労組が同月三十日地労委に対し右の解雇について不当労働行為の申立をし、同月三十一日更に第二次の二十四時間ストを行つたこと、結局、同年十二月一日島根県簸川郡朝山村村長佐藤鶴之助、同村会議長雲藤空善、島根県地方労働委員安田登の斡旋が行われた結果、労組と被告会社との間に、被告は原告等三名の退職後六カ月を経過したとき特別の事情のない限り再採用すること等を内容とする別紙第一記載の通りの仮協定が締結され、同じ趣旨の仮協定書が作成され、原告等は同日改めて依願退職したことは当事者間に争がない。

ところで、成立に争のない甲第一号証中の本件仮協定書によれば、右の仮協定において原告等三名に対する再採用の場合の給料について何等明示するところはないが、証人安田登、岸田貞夫(第一、二回)栗原幸四郎の各証言によれば、右の仮協定締結までの交渉の過程において、当初には原告等三名は退職後六カ月を経過したときは当然復職する案であつたところ、それでは直ちに原職に復帰させねばならぬように取れるし、だからといつて、それまで空席を設けて置くわけにもならず、実際上不都合を生ずるおそれがあるというので、被告会社側から異議を唱えたために「再採用」ということにしたものであることが認められるし、これに本件口頭弁論の全趣旨を考え合わせると、原告等三名とも再採用の場合には退職当時より不利にならないようにその際における相当な額の給料を受けるべきことについて右仮協定の当事者間に暗黙の合意があつたものと認めるのを相当とし、右の認定をくつがえすに足る証拠は存在しない。また、前示甲第一号証によれば、右の仮協定は、訴外労組が原告等三名のためになしたものであつて、原告等三名が右の仮協定締結と同時にその仮協定書に調印することによつて受益の意思表示をなしたことを認めるに十分であるから、これによつて、被告会社は、直接原告等三名に対し、原告等が改めて依願退職した昭和二十五年十二月一日以後六カ月を経過したとき、特別の事情のない限り原告等三名の申出に応じてその際における相当な額の給料でこれを再採用すべき義務を負うに至つたものといわねばならぬ。

さて、証人安田登、岩本俊彦、岸田貞夫(第一、二回)の各証言によれば、右仮協定の条項中に「特別の事情」の一句が挿入されたのは、その締結のための交渉の過程において、被告会社側で特に共産党反対の立場から原告等三名が退職後共産党に同調した行動をとつたり、或は被告会社の栗原常務取締役の方針に反対する如き行動に出て被告会社内部の秩序を攪乱するようなことがあれば、被告会社としては原告等を再採用することができないという意見を出したことによるものであること並びにその際労組側は、被告会社が一方的に特別事情を認定しては困ると異議をとなえた結果、被告は右特別事情が発生したと考えた場合には地労委と相談することを約したものであることを認め得るが、証人雲藤空善、上原勝、佐藤鶴之助、栗原幸四郎の各証言竝びに本件口頭弁言の全趣旨によれば、いわゆる特別の事情は具体的には何等前記の点に限定されたものではなく広く、被告会社が原告等を再採用し難い重大な事由を包含する趣旨であり、前記の二点は特別の事情の顕著な例として当事者の間において了解せられていたものであることをうかがうに足り、証人安田登、岸田貞夫(第一、二回)岩本俊彦の各証言並びに原告和田末義の本人訊問の結果のうち右の認定に反する部分は信用し難く、右の認定を左右するに足りる証拠は他に存在しない。

ところで、原告等三名が昭和二十六年六月十一日被告に対し再採用の申出をなしたのにかかわらず、被告が特別の事情の存在を理由として、その申出を拒否したことは当事者間に争がない。

そこで、被告主張の(六)の(イ)、(ロ)の事実が果して本件仮協定にいわゆる特別の事情に当るか否かについて考えてみる。

(一)  成立に争のない乙第六号証、証人吉田佐一郎の証言によつて真正に成立したと認める乙第一、第二、第七、第八号証、証人上原勝、金津孝、桜井龍郎、吉田佐一郎、長島兼吉、瀬島尚夫、坂根賢一の各証言によれば、従組が本件仮協定成立後から昭和二十六年六月までの間しばしば委員会において原告等の再採用反対の趣旨の決議をなし、その都度被告会社に対してその旨の申入をなし、ことに、昭和二十六年五月十二日の委員会においては明白な決議をしたこと、更に、従組は、同年八月十八日被告会社に対し質問書(乙第二号証)を以てあくまで原告等の責任を追究すべきことを指摘し、その趣旨において原告等の再採用に絶対反対の旨を申入れて来たこと、同月二十九日の委員会、同年九月一日の委員会並びに定期大会においても同様の決議をしていることが認められる。証人佐藤鶴之助、栗原幸四郎、桜井龍郎の各証言によれば、本件仮協定の成立前労組と従組とはその主義主張において対立していたばかりでなく、感情的にも鋭く対立しており、原告等の再採用についての反対が懸念されていたため、本件仮協定締結の際、被告会社の栗原常務取締役は従組の了解を得るため数日の延期を申出た事実のあること、従つて、被告会社は原告等の再採用について従組の反対があるかも知れないことを承知の上で本件仮協定書に調印したものであることを認めることができ、証人岸田貞夫(第二回)の証言のうち右の認定に反する部分は信用できない。更に、証人栗原幸四郎、安田登、岸田貞夫(第一、二回)の各証言及び原告横木富義、同錦織恵四郎、同和田末義各本人訊問の結果によれば、原告等の前示再採用申出により、昭和二十六年六月下旬被告会社の常務取締役(業務部長)栗原幸四郎が原告等に面会した際、当時すでに前示の通り従組より被告に対し原告等の再採用に反対する旨の申出がなされていたのにかかわらず、原告等が栗原取締役等に対し従順を誓い、再び組合活動をなすおそれがないならば、被告としては原告等を再採用してもよいと考えていたところ、右面会において、原告等の態度に大した変化が認められず、同取締役に対する態度も、その予期の如く従順ではなかつたために、両者の間に再び感情的対立が生じ、被告はついに原告等を採用しないことに決定したものであること、その以前には、被告は地労委或は原告等に対し、前示従組の反対につき何等の相談或は通告をなした事実はなく、同年五月頃地労委の安田委員が被告会社専務取締役上原勝に対し本件仮協定にいわゆる特別事情の有無につき確かめた際にも、同取締役は従組の反対その他の特別事情の存在につき何等の申出もしなかつたことを認めることができる。

以上に認定した諸事実から考えてみると、被告は当初から、従組の反対が本件仮協定にいわゆる特別事情に当らぬことを了解していたのにかかわらず、昭和二十六年七月以後になつて、にわかに従組の反対をいわゆる特別事情として主張するに至つたものであることを推測できる。そうだとすると、前示従組の反対は、本件仮協定にいわゆる特別事情にあたらないことは明白であるといわねばならない。

(二)  次に、証人成相数夫の証言によれば、原告横木富義が乙立駅勤務中恋愛関係にあつた婦人の許に立寄つたことはあつたが、そのために出勤時間に後れたことはないこと、及び同原告は朝山駅勤務中勤務時間に鮎釣りに行つたことが数回あるが、その際には他の者と交替して事務には支障のないようにしていたことが認められる。してみると、右の事実から直ちに、同原告に鉄道職員としての適格性がないものと認めることは許されないから、右の事実がいわゆる特別の事情にあたらぬことはいうまでもない。

(三)  次に、原告錦織恵四郎が昭和二十六年七月中川合安夫から、原告和田末義が昭和二十五年十二月青木勉から、昭和二十六年七月中川合安夫から、それぞれ被告会社の社員証を借り受けて不正乗車をしたことについては当事者間に争がない。けれども、この程度の違反事実のみを以て直ちに鉄道職員たる適格がないとみるのは酷に過ぎるのみならず、証人青木勉の証言により成立を認めうる乙第三号証証、人川合安夫の証言により成立を認めうる乙第四号証及び右各証人の証言と前示(一)に認定した事実を合わせて考えると、被告はすでに原告等を再採用しないことを決定した後に原告等の不正行為の調査を開始し、ようやく右の事実を発見するに至つたものであることをうかがい得るから、右の事実は原告等を再採用し難い重大な事由すなわちいわゆる特別事情にあたらないものと解するのを相当とする。

然らば、本件仮協定にいわゆる特別の事情は何等存在しないわけであるから、被告は、本件仮協定に基き、原告等を再採用する義務のあることは明らかであつて、前示の通り原告等三名が昭和二十六年六月十一日再採用の申出をなした以後、被告は履行遅滞に陥つたものといわねばならぬ。

そこで、原告等三名の再採用の場合の給料額について考えてみるに、前に認定した退職当時より不利にならないような給料の相当額は、原告等が若しその地位を喪失することがなかつたならば引き続き支払を受けているであろうと思われる給料額であると解するのを相当とするから、原告等が被告会社の従業員たる地位を喪失した当時支払を受けていた給料額を基準とし、その後において他の一般従業員について昇給が行われた場合には原告等もやはり同一の条件に従い昇給したものとして算出せらるべきものである。原告等の昭和二十五年五月から同年十月までの給料平均月額が、原告横木富義は金六千九百三十五円、原告錦織恵四郎は金六千九百五十二円、原告和田末義は金五千八百六十三円であること、被告会社で昭和二十六年四月一日その一般従業員に対して平均千十六円の昇給を行つたことは当事者間に争がない。尤も、証人栗原幸四郎の証言によれば、右の平均昇給額千十六円のうち金四百円は均等昇給額であるが、その余の金六百十六円は各人の技術勤務振りによつて差等のある調整昇給平均額であることを認め得る。従つて、原告等の再採用の場合の給料月額は、少くとも前記各給料平均月額に均等昇給額四百円を加算し、原告横木富義については金七千三百三十五円、原告錦織恵四郎については金七千三百五十二円、原告和田末義については金六千二百六十三円を以て相当とする。

然らば、原告等三名は、反対の主張立証のない限り被告の義務不履行により、前示再採用申出の日より再採用(雇傭)の時まで、前示給料額に相当する得べかりし利益を失い損害を被るわけであるから、被告は、原告に対し、その損害を賠償する義務のあることは明らかである。

よつて、原告等の本訴請求は、被告に対し、前示給料で原告等三名を雇傭し、且つ、原告等が再採用の申出をなした昭和二十六年六月十一日から右雇傭の成立まで一ケ月について前示各給料月額に相当する損害金の支払を求める限度において正当であるから、これを認容し、その余の請求は失当として棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八十九条、第九十二条、仮執行の宜言については同法第百九十六条をそれぞれ適用して主文の通り判決する。

(裁判官 松本冬樹 阿座上遜 浜田治)

(別紙第一、第二省略)

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